己の愚かさを知るもの

 2017-09-05
己の愚かさを知るもの
     一般社団法人TAO塾代表 波多野毅

「つまり自分が実にとるに足らぬ、つまらない、悪い、情けない、けちな野郎だということを、だれが何と言っても聞き入れないほど、知りぬいているということです。自分が世の中で一番おろかな、みにくい、あわれな悪人だということを知っているものだけが、不思議なことですが、この世の最大の人物なのです。自分の欠点の自覚がハッキリしていればいるほど、大きければ大きいほど、深ければ深いほど、ほんとうの賞賛は高く大きく深くなるのです。世の常の美点や特長でほめられる間は、まだ真の人間じゃありません。それは役者の芸のようなものです。」 (続・永遠の少年)
「真実は知らないが、真実を知らないことは知っている」という哲学者ソクラテスの「無知の知」。仏教の法句経にも「わが愚かさを悲しむ人あり。この人すでに愚者にあらず。自らを知らずして、賢しと称するは愚中の愚なり。」という一節がある。
「自分は頭がいい」と思っている人は実はそれほど頭がいい人ではないのかもしれない。「自分は善人だ」「自分は正しいことをしている」と思っている人は本当はそうではないのかもしれない。本当の知者は、自らを深く見つめ、己の愚かさ、至らなさを常に自覚している人なのだ。
かの浄土真宗の開祖親鸞聖人は、自らを「愚(ぐ)禿(とく)」(剥げ頭の愚か者)と称し、名僧良寛は、「大愚(たいぐ)」(大馬鹿者)と名乗った。「雨にも負けず、風にも負けず……」の宮澤賢治は「デクノボー」と呼んだ。
 
桜沢如一が創設した日本CI協会のCIとは、フランス語のセントル・イグノラムス(愚か者のセンター)の略である。その前身であるMI塾は、間違っても「正しい食=正食」を教えるマクロビオティック・インストラクター養成学校の略語ではなかったのだ。
知識を頭で覚えるような教育ではない、日々の生活の中で益々己の無知を自覚し、智慧を体得していく道場にすべく名付けたものである。MIがメゾン・イグノラムス(愚か者の家)を意味することに深いメッセージが込められているのである。

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