我が人生の師匠・堀田俊夫先生7回忌法要

 2015-12-07
早朝、東京•新宿より高速バスで信州•諏訪へ。
私の第2の故郷に到着。恩師•学育塾堀田俊夫先生の7回忌法要へこれから向かう!

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大学卒業後、堀田俊夫先生の経営する「学育塾」で講師をしながら書生生活。小中高大と体育会系だった私も堀田先生の「教えない教育」のお陰でいつのまにか1日1冊の本を読む人に!
堀田先生とマンツーマンで徹底して学び働いた日々の思い出が走馬灯のように思い出される。
青春の門「学育塾」を訪ねた後、堀田家菩提寺の高国寺、お墓参り、そして直会会場の仙岳へ。

諏訪7回忌

堀田先生の事績、略年表が配布。若き日から暴力を用いない社会変革、誰もが幸せになれる世界になるための思想と実践を求めた歩みが紹介される。
私が学生時代に関わったコミューン運動での苦悩葛藤に対し、堀田先生は川喜田二郎のKJ法、マイケル•ポランニーの暗黙知、ルドルフ•シュタイナーの人智学、法句経など様々な思想哲学を紹介してくれる中で解決への光を与えてくれた。そして、思考と行動を硬直させず、何より日々出会う人々、出会う出来事、その全てをありのままに受け入れることの重要性を教えてくれた!

堀田プロフィール

恩師の遺影の前で、堀田先生の奥様の美里さん、長男の耕介さんと思い出話。美里さんの弟さんの元茅野市長さんらとしばし歓談!
大学3年の頃、私は強く強く我が人生のメンターを求めていた。「人は何を求めて生きていくのか?人はどこから来てどこに行くのか?そもそも人間とは何か?」自分の人生の指針となる思想哲学を生き様として見せてくれる師匠を求めていた。しかし、どこかの宗教に入るとかはしたくない、だからといって大学院などで哲学・心理学を追及するというキャラでもない。どちらかというと実践的社会学?! を通じて学んでいきたいくタイプだった。
 ある時、私は自分の人生の師匠はこんな人がいいなと勝手に描いた。どこかの宗教のグルでもなく、偉い大学の先生でもなく、有名な哲学者でもなく、本を沢山書いているだとか、講演を沢山しているとかでもなく、和光同塵〜市井に溶け込み普通の人で普通の生活をしていながらも、時にお茶を飲んでいる時など、何気ない時にさりげなく広く深い思想を感じさせる言動をする人〜を思い描いた。・・・その数年後ふとしたきっかけでそんなメンターに出会えた!
まさに、師匠は弟子の準備ができたときに現れる・・・
 それが堀田先生だった。今でこそ私は心から先生と呼ばせて頂いているが、生前堀田先生は「我らは先人の姿を追うのではなく、先人の追いしものを一緒に追い求める同志なのだ」と私に先生と呼ばせなかった。
「教育」とは言うが、人は決して教え育てることなどできない、人は学び育つものだと「学育塾」という私塾をしていた。いついかなるときも利他的に動く人であったが、それは決して世のため人のためではなく、私の道楽だと言い切る人であった。

堀田遺影

信州諏訪での恩師7回忌法要を終えると、帰りのバス停でフランス人カップルと出会う。話してみるとウーファー。私も九州でホストファミリーをしていると話すと是非来たいとのこと。ここのところ、フランス関係のご縁が続く。かの地のテロ話からエコビレッジの話になり、恩師のイスラエル•キブツ留学の話になる。

堀田名言
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