【心ある批判的議論こそ時に最大の供養なり】

 2015-07-02
【心ある批判的議論こそ時に最大の供養なり】

マクロビオティックの創始者•桜沢如一が眠る「本法寺」を訪ね、墓参りをする。彼の残した広く深い無双原理の哲学、自由人の思想と実践に深い感謝の意を捧げる。

ノーベル医学賞を受賞したアレクシス•カレルの「人間〜この未知なるもの」の翻訳者としても知られる桜沢は、デカルトの「我思う故に我あり」に対し「われ思う、故にわれなし!I think, so I am not.」と喝破した深い洞察の哲人。

しかしながら、先哲の英知から多くを学んだとしても、後進の学徒は大いなる健全な批判精神を持って議論を重ねるべきである。教祖化し、外在する権威に無批判に自らを委ねてしまってはいけない!
見よ!硬直した教条的思考と抑圧された身体性の奴隷となったミクロビアンのなんと多いことよ!論語読みの論語知らず!
ブッタに会ったらブッダを殺せだ!

桜沢とて、時代的制約に翻弄されたり、成果を急ぐあまり判断ミスをしているケースが数あるのも事実。彼は大いなる自由人ではあったが聖人ではない!そもそも、あらゆる聖人伝説などは判断停止を生む大きな落とし穴だ!

「人間〜この未知なるもの」
                一般社団法人TAO塾代表 波多野 毅

「カレルは人間が人間自らを知る事が出来ないのは、人間が人間を研究するのに、余り人間を細かく切り刻み過ぎ、無数の断片にしたためであると言うことを力説する。あまりに顕微鏡的に走り過ぎたためであると言うのである。例えば、人間を二つに分解して肉体と精神にする様な方法である。(中略)熱力学の法則や、量子力量や電磁学的な法則は、精々便利や快楽(つまり人間を怠け者や病弱者にするに役立つだけの)や、或は都市を一瞬に爆破したり、数十万人を一秒間に殺す方法を生み出すだけである。そんな法則よりも、道義心や、美的感情や、芸術心や、愛や、崇高な自由の法則の方が吾々にとってはどれ位有難いものだか知れない。と言う様な厳しい自己批判をカレルはしている。」(「カレル「人間」解説」) 

 アレクシス・カレルは、かの野口英世も在籍した曰く付きのロックフェラー研究所で、心臓移植実験や人工心臓を試作した先駆者で「血管外科の父」と呼ばれ、39歳の若さでノーベル生理学医学賞を受賞したフランス人医師。彼が晩年書いた「人間〜この未知なるもの」(以下、「人間」)は、200万部を超える世界的ベストセラーとなり各国語に訳されたが、最初に邦訳したのが桜沢。「百年に一冊出るか出ないかの名著」と絶賛する。若い頃、ルルドの泉での奇跡的治癒を目撃したカレルは、科学では説明しきれない事実の存在を知り、精神と肉体の一体不可分性への深い洞察を得た。目に見えない精神をも含めた人間全体の研究がこれからの医学の発展に不可欠だと説き、「人間」には、デカルト以来の心身二元論や、部分の総和が全体だとする機会論的生命観から脱却し、トータルな目で見る、今でいうホリスティック医学の萌芽が見られる。「人間」の冒頭「本書は古くなるにつれてますます時宜を得たものになる」とあるが、文明がもたらす便利と快適が人間の適応能力を退化させると警告した彼の慧眼は今も色褪せない。しかし、優生学、選民思想を持つ本書がドイツ占領下のフランスで、ナチスドイツを勢いづける影響を与えた事は見逃してはならない。

桜沢墓参
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