親友の母親の葬儀に思う

 2015-01-14
 師走に入り3回目の葬式参列。少子高齢の田舎暮らしに葬式は珍しい事ではないが、今日はまた格別な思いのするお葬式だった。小学校からの幼馴染みの高野孝喜君のお母様をお見送りする日。朝から葬儀受付を手伝い、同級生のエイサク、ヒロオ、マーボー、セイちゃん、ユウちゃんらと葬儀に参加。
 喪主挨拶〜出棺〜火葬の中、先週おばさんの容態悪化で帰省した高野君と一緒に、部屋移動の荷物整理を手伝った際に発見したおばさんの写真アルバムを思い出し、目頭が熱くなった。今や、一流のヘアメイクアーチストとして活躍し、私が出張で上京した際には数々の芸能人との酒席の場を作ってくれる彼だが、おばさんが、これまで彼の記事が掲載された雑誌記事などをスクラップブックにしてアルバムにまとめていたのだ。大都会東京での息子の活躍を誇りに思い、阿蘇の山よりいつも応援していたのだろう。
 小学校の頃、山村の子供の例にもれず野山をかけまわっていた山猿の僕らだったが、高野君と私と幼馴染みの河津秋敏君の三人は少しだけ違う趣味があった。それは、無類のゲーム好きだったこと。とはいえ、当時はファミコンなどデジタルゲームではなく人生ゲームやモノポリーといったアナログボードゲーム時代。しかし、僕らは既成のゲームに飽き足らずオリジナルゲームに改変したり開発したりしていた。その後、時は経ち、河津君は創成期のスクエアに就職し、なんと『ファイナルファンタジー』という世界的大ヒットを創る日本屈指のゲームデザイナーになった!
 活動の舞台は違うものの、それぞれ違うクリエイティブな仕事を創り出しているという意味では、皆日々ゲームデザインをしているのかも?という感覚がある。ふと、小学生の頃、高野君の家で歴代仮面ライダーが登場する「仮面ライダーXゲーム」を楽しんでいる時に、お菓子を出してくれたおばさんの優しいまなざしを思い出した。僕らが夢中になる創造的遊戯の楽しい時間を心温かく見守ってくれていた母親達がそこにいたのだ。
 おばさんのご冥福を心より祈り、これまで頂いたご恩に感謝したい。
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