阿蘇高菜の収穫

 2018-03-27
阿蘇高菜の収穫

29570884_10156298942800850_27310075065437142_n[1]

総理夫妻とフキノトウ摘み@森の友学園

 2018-03-14
総理夫妻とフキノトウ摘み@森の友学園

29133822_10156263721505850_2389389795387244544_n.jpg

29177484_10156263721565850_6672587820139282432_n.jpg

昭和36年 草泊まりの様子

 2017-11-26
昭和36年 草泊まりの様子

私が生まれる1年前のアサヒグラフ昭和36年10月号に掲載された「草泊まり」の風景写真。親戚の故日隈元男叔父家族の家族団欒の様子。勿論ポータブルの冷蔵庫もなかった時代。保存が効くように、たっぷり塩気が付いたご飯とオカズだったという。写真の中に今の時代に失った多くのものが見受けられる!
●体験されたい人!今月末、南小国吉原で草泊まりWSが開催されます♬
以下、「一の宮町史/草原と人々の営み」より引用。
 草泊まりとは、採草作業の期間中に、ススキで作った小屋に野営することをいう。
阿蘇では、農家の人々が住むカルデラ内の水田地帯と採草地のある北外輪山上との高低差が300m以上もあり、蛇行する坂道を往復するには多大な労力を必要としていた。草泊まりは、こうした労力を節約するため、道路の整備が進まず自家用トラックもなかった昭和30年代まで、北外輪山地域の端辺原野で行われていた。多い時は150戸余りの農家が長い道のりを経てやって来ていたという。
 ススキの小屋は、小川の畔などに、割り竹の骨組みにススキで屋根を葺いてつくった。この草宿づくりは、草刈りの前日までに行われる「小屋掛け」という作業として定着していた。
 この中に、ふとん、食料、炊事道具などの生活用品を持ち込んで寝泊まりをする。
 昔は、採草作業の時期は学校も臨時休校となったので、子どもも含めた家族全員がこの草宿で暮らしながら草刈りをした。長い時は、1回の草泊まりで10日間ほど滞在したという。

23621210_10155925477265850_3074533933191591862_n.jpg

医食同源から医食農同源

 2017-11-11
医食同源から医食農同源

マクロビオティックを標榜する人に、いのちの元である「食」に関わっていながら、いのちの故郷「土」の臭いがしない人達が多いのは残念だ。

陰陽論を振り回し、これは正食、あれは邪食と「食」をモノ化し、ひとつらなりのいのちのバトンタッチを浅薄な観念論で切り刻む人も多い。

ファッションマクロ、ブルジョアマクロでは、一時の隆盛も、数多の〇〇健康法、〇〇ダイエットの一つとして間もなく消えていくことだろう。

孔子、仏陀、聖徳太子などの「聖人」を全て「不耕貪食の徒」として批判した安藤昌益の思想に習えば、数多のマクロビオティックの先生たちも「土」とともに生きる実践者を探すのは難しい。

思想とともに、「直耕」する暮らしにこそ、静かな革命の最前線であることを理解し、微力未熟なりとも土とともに生きたい。

とはいえ、禁欲的農本主義ではなく、農的苦役を超克する農的エピュキリアンへの道をさぐりたい。二宮尊徳になれる人はごくごく稀な優等勤勉者なのだ。落ちこぼれでも、ナマケモノでもできる、ぐうたら農こそ、「直耕革命」を推進する!

23376259_10155908585835850_854535605918647953_n.jpg


阿蘇高菜の種蒔きをするの巻

 2017-10-29
阿蘇高菜の種蒔きをするの巻

阿蘇を代表する農産物の阿蘇高菜の種蒔きをする。標高が高く、冬の寒さの厳しい阿蘇で、秋に播種され、雪の下で冬を越す。
早春の収穫は「たかな折り」と呼ばれ、この時季の風物詩ともなっている。
寒暖の差と火山灰土壌という阿蘇特有の風土が育む阿蘇高菜は、茎が細くて歯ごたえあり、高菜漬けや高菜飯で食べると「うまかぁー!」
昔流行ったお魚天国の「サカナ、サカナ、サカナ、魚を食べると〜♬」を、息子達と一緒にパロってよく歌っていたものだ。
「タカナ、タカナ、タカナ、高菜を食べると、ダゴ、ダゴ、ダゴ汁が、まうごつ欲しくなる〜♬」

22815219_10155870191155850_5650697846798566194_n.jpg

≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫ 次ページへ ≫