京都シネマ→京都うさと→風かおる!

 2011-10-03
 京都シネマで映画『ミツバチの羽音と地球の回転』を観る。『ヒバクシャ―世界の終わりに』、『六ヶ所村ラプソディー』に続く、鎌仲ひとみ監督の話題作!上関原発計画に向き合う祝島の人々とスウェーデンで持続可能な社会を構築する人々の取り組みの両方を、一本の映画で描いている。自然と共振し、エネルギーを生み出すミツバチのような人々の羽音が聞こえてくる。

京都シネマ

映画2

キョウトシネマ

風かおるさんと

かおるさんと


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村上春樹の3・11を語る受賞スピーチ

 2011-06-20
スペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹の、3・11を語る受賞スピーチ。
友人からダイジェストが転送されてきたので紹介します。

全文はこちらから。http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html(毎日新聞)


>ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし
自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。
>台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗っ
て通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。
>日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積
極的に美のあり方を見出してきました。
>結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。
>原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。しかしそれと
同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。
>ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

「ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。
「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?理由は簡単です。「効率」です。原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。
我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大き
な機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔
くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。
 
日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受
け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。」

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安全な被曝量というものはない 

 2011-06-12
 友人から、転送されてきた2011年4月30日ニューヨーク・タイムズ寄稿「安全な被曝量というものはない」という記事。http://www.nytimes.com/2011/05/01/opinion/01caldicott.html


安全な被曝量というものはない 

ヘレン•カルディコット
オーストラリア・シドニー

(翻訳 椎根智子・乗松聡子 協力 松崎道幸)

6週間前、日本の福島第一原子力発電所での原子炉損傷を初めて耳にした時、私にはすでに「その後」がわかっていた。格納容器や燃料プールのいずれかが爆発するようなことがあれば、北半球で何百万といった規模でガンが増えるであろうということだ。

原子力発電推進派の多くが、このことを否定するであろう。先週(4月末)、チェルノブイリ原発事故25周年を迎えたが、チェルノブイリ事故の影響で死亡した人はほとんどなく、被害者の二世にも遺伝的異常は比較的少なかったと主張する人は少なくなかった。このような主張は、石炭などと比べいかに原子力が安全か、という議論への安易な飛躍を招いてしまうし、福島近辺に住む人びとの健康への影響は大したことはないだろうという楽観的な予測にもつながるおそれがある。

しかし、このような見方は、間違った情報に基づいており、短絡的である。原発事故の健康被害について、一番よく知っているのは私たち医者である。チェルノブイリによる死亡者数については、これまで激しく論争がなされてきた。国際原子力機構(IAEA)は、ガンによる死亡者数をおおよそ4000人程度と予測したが、2009年にニューヨーク科学アカデミーより出版された報告書では、百万人に近い人びとが、ガンやその他の病気で既に死亡していると報告している。また、高い被曝線量が多くの流産を引き起こしたので、実際遺伝子に損傷を受けた胎児でどれだけの数が生まれ出ることができなかったのか、私たちは知るよしもない(ちなみにベラルーシとウクライナの両国には、奇形で産まれて来た子供たちで一杯のグループホームがある)。

原子力事故には、終わりというものがない。チェルノブイリの放射性物質の影響の全容が明らかになるまで、これから何十年も、場合によっては何世代もかかるのである。

ヒロシマ•ナガサキの経験からわかるように、ガンにかかるのには長い年月を要する。白血病になるのは5年から10年ほどであるが、固形ガンでは15年から60年を要する。さらに、放射線による突然変異のほとんどは劣性である。わたしの専門である嚢胞性繊維症などの特定の病気をもつ子供ができるのは、何世代もかけて、二つの劣性遺伝子がそろうからである。チェルノブイリとフクシマから放出した様々な放射性物質同位体が原因で、遠い未来に渡り、一体どれくらいのガンや他の病気が引き起こされるか、わたしたちには到底想像はつかない。

医者はこのような危険性をわかっている。医者である私たちは、白血病で死にかかっている子どもの命を救おうと必死になる。乳ガンの転移で死にゆく女性の命を何とか救おうとがんばる。しかし医学的見解では、不治の病に関して唯一頼りになるのは予防なのである。故に、核産業に属する物理学者たちに真っ正面から立ち向かうことができるのは、われわれ医者なのだ。

核産業に関係する物理学者たちは、もっともらしく放射線の「許容線量」について話す。彼らは一律に体内の放射性物質を無視する。内部被ばくというのは、原子力発電所、あるいは核兵器実験によって出された放射性物質が身体の中に摂取された、あるいは吸い込まれることを言い、少量の細胞に対し非常に高い線量を与える。原子力産業の物理学者たちは、原発、医療用のX線、宇宙や大地からの自然放射線といった、一般的には内部被ばくよりも害の少ない、外部被ばくの原因となる同位体のことばかり話すのである。

しかしながら、医者は、放射線の線量に安全なレベルなどないことを、そして放射線の線量は累積するということを知っている。その放射線によって変異が起きた細胞は、概して有害である。私たちは皆、何百種類もの病気の遺伝子を持っている。嚢胞性繊維症、糖尿病、フェニルケトン尿症、筋ジストロフィーなどである。今現在記録されている遺伝病の数は2600を越え、そのうちのいずれも、放射線による変異によって引き起こされる可能性があるのであり、実際にこれらの病気は、人為的に引き上げられてきているバックグラウンドの放射線レベルと共に増加するだろう。

これまで長い間、核産業に雇われた物理学者たちは、少なくとも政治力とマスメディアの世界において、医者をしのいできた。1940年代のマンハッタン計画から、物理学者たちは米国議会へ、いともたやすく出入りしてきた。彼らは核エネルギーを利用するのに成功し、そして核兵器や原子力発電推進のロビー活動においては、核エネルギーと同様の力を発揮した。物理学者たちは米国議会に入り込み、議会は事実上彼らに屈服した。彼らの技術的進歩は誰もが認めるところだが、その弊害は、何十年も後になってから明らかになる。

それに比べ医者は、議会からほとんどお誘いも受けず、核問題に関してほとんど情報のアクセスや助言の機会がない。私たち医者は、通常はガンの潜伏期間や放射線生物学の目覚ましい進歩について触れ回ったりはしない。しかしその結果、私たちは、政策立案者や一般市民に対し、放射線の長期的危険性や害においての説明を十分にしないでここまで来てしまった。

医者はガン患者が来ても、例えば1980年代にスリーマイル島の風下に住んでいませんでしたか、とか、スリーマイル島近くの牧草地で草を食んでいた牛のミルクを使ったハーシーズ社のチョコレートを食べましたか、などとは失礼になるので聞けない。私たちは、初めから大災害を止めようと戦うよりも、起きてしまった後に処理しようとするが、それではいけない。医者は核産業に立ち向かわなければならない。

原子力はクリーンでもなく、持続的でもなく、また化石燃料の代替となるものでもない。それどころか、原子力は実質上地球温暖化を悪化させるものである。太陽光、風力、地熱利用と、節約を組み合わせることにより、私たちのエネルギー需要は満たされる。

当初は、放射線がガンを引き起こすなど全く思いも寄らなかった。マリー•キュリー夫人とその娘は、自分たちが扱った放射性物質によって死ぬことになるとは思っていなかった。しかし、マンハッタン計画の初期の原子力物理学者たちが放射性元素の有毒性を認識するまでに、長い年月はかからなかった。私は、彼らの多くと知り合いである。彼らは、ヒロシマ•ナガサキにおける自分たちの罪が、核エネルギーの平和利用によって赦免されることを願っていたが、実際にはその罪はより重くなるだけであった。

物理学者の知識によって核の時代は始まった。医者の知識と、威信と、正当性をもてば、核の時代を終わらせることができる。

ヘレン•カルディコット氏― PSR「社会的責任を果たすための医師団」創設者。著書に Nuclear Power Is Not the Answer などがある。
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