何もないということの素晴らしさ

 2018-02-14
何もないということの素晴らしさ

昨日は、宮古中央公民館で「複眼思考」についての講座をさせてもらった後、日本最南端の神社•宮古神社を訪ねた。
社殿を見上げると波、花、風をあしらった模様に加えなんと琉球王朝尚家の御紋左三つ巴。ちなみに我が家の家紋は巴くずしの洲浜紋。
神社から、石畳の道を降りると宮古島で最も格式があると言われる「漲水御嶽(ハリミズウタキ)」。通常、御嶽は男性や観光客の立ち入りは禁止だがここはOK。しかも、御嶽に鳥居がある。琉球処分以降の「皇民化政策」の結果に他ならない。沖縄本島では戦後、鳥居が撤去された御嶽も多いが、宮古八重山地方の御嶽の多くは戦後も鳥居が残されているらしい。
「私を最も感動させたものは、意外にも、まったく何の実体も持っていないといって差支えない、御嶽だった。御嶽、つまり神の降る聖所である。この神聖な地域は、礼拝所も建っていなければ、神体も偶像も何もない。森の中のちょっとした、何でもない空地。そこに、うっかりすると見過してしまう粗末な小さい四角の切石が置いてあるだけ。その何にもないということの素晴らしさに私は驚嘆した」(岡本太郎 沖縄文化論)

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橋を端から端まで走る巻 その2 宮古島〜来間島

 2018-02-14
橋を端から端まで走る巻 その2 宮古島〜来間島

次は、飛ぶか?潜るかな⁉︎

無題

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ヴァレンタインズ デイ

 2018-02-14
ヴァレンタインズ デイ

昔、TAO塾の男子生徒の一人が
「バレンタイン 今年も虚しく 過ぎてゆく」
TAO塾名物の5-7-5トピックスの交換で披露し、爆笑したことがあったが、今頃どうしているだろう。もしかすると、チョコレートを沢山もらうモテモテ男に変身しているのかもしれない。人生、どこでどう変わるか本当に分からない。
しかし、私にとっての2月14日は別の意味で特別な日だ。今は亡き祖母の誕生日。ばあちゃん子だった私は、いつか大きくなってお金を稼げるようになったら、ばあちゃんの誕生日に美味しい御馳走を食べさせるのが夢だった。しかし、今はかなわぬ夢。
祖母は、小学校しか出ていない無学の人だった。見た目はお世辞にも素敵なベッピンさんではなかったけれど、虚飾のないゼッピン笑顔の”素”的な人だった。
今日は、2月14日、祖母の誕生日。
詩人ナナオ•サカキが小国に来てくれた時に、読んでくれた詩を青空の向こうに贈ろう!
ヴァレンタインズ デイ (ナナオ・サカキ)
身分を気にせず
個性を売らず
優雅をてらわず
謎めくこともない
だから
好きさ
君が
Valentine’s Day
You have no touch of class,
no touch of uniqueness,
no touch of elegance,
no touch of mystery…
I love you !

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What am I ? 私という幻想

 2018-02-12
What am I ? 私という幻想

私は、父方の禿頭、母方の白髪を余儀なく継受しています。
ロマンスグレーは霧幻の彼方、髪の後退でなく私の前進だと観念しています。
 
 
私は、饒舌で社交的な面と、無言と孤独を愛する面があります。
伝えたり繋がったりする世界に、時々嘘っぽさを感じる時があるからかもしれません。
 
 
私は、使命感に身を捧ぐのも粋、ナンセンスの渦に戯れるのも乙だと思っています。
意義を問う事、意味付けをする事で、某かにコントロールされたくないのでしょう。
 
 
私は、ヒネクレ者で「俺がやらねば誰がやる!今やらねばいつやれる!」と皆が躍起になると
「俺がやらんでも誰かやるやろ¡今やらんでもいつかやるやろ¡と不謹慎な事を口走ります。
 
 
私は、意外にも人間への絶望感が深く、人為的な偉人伝説・理想郷幻想を持てません。
唯一信じているものは、今ここに届けられる現象そのものしかないような気がしています。
 
 
私は、気持ちいい事が好きで、食・性・睡眠の「快」だけでなく何でも体験してしまいます。
でも、最大の快である死は最後に残し、今生味わえなかった出産の快は来世に託しています。
 
 
私は、時々シビレル感覚、ノックアウトされる衝撃、メロメロになる魅惑の体験を受けます。
それは意図しなくてもハジケル感動、あふれる出る情熱、ほとばしる生気として外に出ていきます。
 
 
私は、小賢しい判断力で善悪正邪をジャッジするより身体性に根ざした感覚が信じられます。
道徳、倫理、正義、理想、努力、幸福、愛国、忍耐、孝行、博愛、信仰等様々な美徳を疑います。
 
 
私は、「不思議大好き」ですが、ジェームズ・ランディや上岡龍太郎や小川心平が人として信じられます。
孔子は「怪力乱神を語らず」、梅園は「枯れ木に花咲くに驚くより生木に花咲くに驚け 」と喝破します。
 
 
私は、男とは名刺交換より一緒に風呂と飯をすることを優先します。握り○玉何も持たずに生まれ死ぬ本来無一物。
どちらかというと名詞より感嘆詞や疑問詞で付き合います。
 
 
私は、一時的な快楽に溺れ、思考停止した衝動的刹那性は紙一重の魔境だと思っています。
本来、最も大事にすべき「快」「刹那」「衝動」に隠されている元の元は最も”素”的だから。


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はなすことは、つながること

 2018-02-12
はなすことは、つながること

昨夜は、身体(身)と言葉(口)気持(意)が一致していた『縄文』のスピリットに学び、重い「思い」を、話して「離す」サークルプロセスの会をする。

「ふと」思うことのシェアから始まり、親離れ•子離れをテーマにした話に。

最後に、ジョン•レノンが愛したレバノンの詩人ハリール•ジブラーンの本の一節(神谷美智子訳)を紹介する。(この詩が載っている『預言者』はヒッピーから美智子皇后まで、谷川俊太郎からマイケルジャクソンまでが愛読)

「子供について」

あなたの子供は、あなたの子供ではない。

彼らは、人生そのものの息子であり、娘である。

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